2018年 01月 13日
INTELLIGENCE in NATURE AN INQUIRY INTO KNOWLEDGE |
翻訳続き#113
しかしながら、この見解に与しない動物学者達がいた。たとえば、イギリス人動物学者 ジュリアン ハックスレーは Essay on Bird Mind (1923年) でこう書いた:『今日動物は「単なる機械」であると主張する大きな一派がある。動物が機械だなんて: それは相応しくない格付けである。「単なる」機械と言うことによって、それらは魂もなく、セットされると動き、別のレバーに変えると止まり、外からの刺激に従順に動くだけの、機械の冷酷な性質を持っているものであり、実際に感情のないものー個々に名前をつけるほどの値打ちもない操作ーであることが意味されているのだと私は思う。我々が動物行動の分析を推し進めていけばいくほど、それが一連の機械装置から成っていることがますます分かり・・・動物が、推論、理想、あるいは抽象的思考の名前に値する何かを持っていることを否定する理由をますます持つようになるのは本当である。実際、彼らは我々には機械装置 (機会装置の方が機械よりずっと良い言葉である、機械という言葉はそれに金属あるいは材木、電気あるいはスチーム、の具体的な含蓄を持っているから) にますます見えてくる。彼らが機会装置であるというのは、彼らの操作の仕方が規則的であるからだ; しかし彼らは我々に知られている他のどんな機会装置とも異なっている、彼らの働き方にはー最も当たり障りのない言い方で言えばー感情が伴っているという点で。』
by bbex243054
| 2018-01-13 16:14
| 科学
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