『The Super Natural』A new vision of the unexplained の翻訳 |
我々が今暗黒の側に、冥界、冥土、死者の国―それを、皮肉にも、生者の国と思っている―にいるとしたら? しかし、それが曼荼羅の暗黒面だとすれば、それは子宮でもある11 。我々のここでの人生は時間のない世界に再生する為の準備である、というか私の経験が私にそう示唆している。我々がここにいるのは、暗黒面は知識が隠されているところだからである、その知識こそ我々が自分を自由にするのに必要な知識なのである、それが各人にどんな意味を持ったものであろうと。
我々が死者と呼んでいるところの生者が今我々に近づいている、我々自身を新しく見ることができるように心を開けと呼びかけている12 。
11 訳註 この一文が一般に認められた考えかどうかは素人の私には分らない。曼荼羅をウイキペディアで調べて見ましたが、この解釈は勿論載っていませんでした。曼荼羅を見てそんな見方をする人がいるとは!驚きですよ。Whitley さん独自の見方と思われます。心理学者・精神科医のユングも曼荼羅を重要視していますがこの解釈はしていません (少なくとも公式には)。因みに、ウイキペディアによると、「ユングの患者であった精神疾患者らの語るイメージに不思議と共通点があること、またそれらは、世界各地の神話・伝承とも一致する点が多いことを見出したユングは、人間の無意識の奧底には人類共通の素地(集合的無意識)が存在すると考え、この共通するイメージを想起させる力動を「元型」と名付けた。また、晩年、物理学者のウォルフガング・パウリとともに共時性 (シンクロニシティー=意味のある偶然の一致) に関する共著を発表した。」と書かれています。それは確かに彼が自らの霊的経験をもとに長年人間の心理を探求した結果到達した結論だと思います。
12訳註 偶然にも今日はお盆の送火の日です!これも何か意味のあることに思われてなりません。そこでこれに関連する『The Key』の訪問者の語ったことを少し引用します:
「今は何がされているのですか? 私は何をされたのですか?」
人間の体はね、現在君たちはお互いの考えていることが分らないようなっているよね、そうさせているバリアーが無くなるように改造されているよ。君たちはね、進化のスピードを増すように圧力をうけているところなんだ。進化の飛躍を引き起すような試みがなされているのだよ。死にものぐるいになることしか他に何の方法もないね。君たちの惑星が死ぬようになり、君たちも死ぬようになる時がやってくる。その時には、君たちはね、そんなエイリアン達を至る所に見ることになるよ。しかしね、彼らは君たちを助けることはしないよ、たとえどんなに一生懸命に頼んでもね。ほんとだよ。しかしね実は、彼らの無行動が彼らの援助なのだ。彼らにとってもね、君たちが苦悩するのを見るのはどれほどの苦悶になるか分っているけれども、彼らがそうするのはね、同情心からなんだ。何故ならね、そうしなければ、君たちはこの水瓶座の時代の使命に成功しないことになるからだ、基本的体を歓喜に開くという使命だよ。人類はね、水瓶座の時代2000年の間にわたって、絶滅に向かうのかそれとも向上に向かうのか運命づけられているのだ。向上の暁には、君たちの基本的体は光り輝く体で透明になるよ、神の光で輝くことになるよ。
「それでは、どうすれば我々は神に近づくようになるんですか?どの砂粒にもおわします無限大の存在の造物主とは、なんでしょうか?」
君たちが神を口にするときはね、自分自身の外側にいる何者かと思っているんだよね。君たちの考えは信仰の時代の考えと同じだよ。前の時代、魚座の時代の間にわたってね、基本的体は、信仰を深めてゆくことによってね、変えられたのだよ。いまは、過去の2千年前の時代とは同じじゃないんだ。今では、君たちの入れ物はより大きくなっているのだよ。もう、宇宙のあらゆるものを含むことが出来るのだよ、君たちは。前の時代はそうではなかったのだ。いまや聖なる存在の種なのだよ。しかしね、君たちはまだ子供なのだね。だから、自分たちの力が分らないままなのだ。この水瓶座の時代はね、永遠の神の時代なのだ。いまは内なる神の時代なんだよ。
「我々の宗教はどうなるんですか? それらは神に戻る道を提供してくれるのではないのですか?」
君たちには宗教はないね。犠牲はないのが宗教だよ。それより、新しい道が一つあるよ。
「何ですか、それは?」
宗教は自己の内に持たらされねばならないのだ。もはや、存在しない神々を見つけること勿れ、己の内にまします神を見つけなさい。自己の内に王国を持たなければ、王国は地球から滅亡するよ。もしもだよ、そんなことが起こったらね、暗黒と苦悩の長い時代になるだろうね。その時代の最後には、人間が知性を持つ唯一の動物にもう一度なるだろうよ。君たちは全ての物を失うだろう、どの記憶の痕跡、歴史、科学、テクノロジー、数学とかいったあらゆる記憶の痕跡もね、すべてを失うだろう。君たちが王国を見つけないときは、人間の意識は無くなるだろう。動物の本性に戻ることになろうね、それは至る所でもう起こっていることなんだがね。品位を失った人々は人間性を失ってしまったのだね。そういった人々は輝ける動物になってしまったのだね。
「我々の宗教にはどうして犠牲があるのでしょうか?」
何故ならね、それは信仰を要求するからだよ。それにね、信仰は常に間違ったしきたりなのだ。何故ってね、現実の真髄は事実ではなくて疑問だからね。事実があるのではないんだ、あるのは真理だけなのだよ。だから、神の愛は信仰には無関係なのだ。信仰することは神を拒否することなのだ。神と交流するのが科学、自己発見と自己意識の科学なんだよ。君たちの間ではね、このことは失われた科学、科学の教義、なんだけれどもね。
「どうすればそれを取り戻せますか?その科学には聖体拝領かなにかのような部分があるのでしょうか?」
キリストは聖体拝領を人間に与えた。しかし、その聖体拝領というのはね、遥か太古の時代から行われていたのだよ。それはね、君たちがまだ森に生活していた時に始まったのだ。強者たちが死んだ時、君たちはその力を得ようと彼らの肉を食べたのだね。
「効果はあったんですか?」
茶化すんじゃないよ。それは軽蔑すべきものだ。
「キリストの前にその聖体拝領の記録はあるんですか?」
あるね。
「それは、なんですか?」
答えるほどの興味あるものではないよ。スーフィー教徒のダンス、ヨガ行者の瞑想、キリスト教修道僧の祈りの中に、向上の科学が見つけられるね。その科学は科学としては存在していないが、再び科学として得られることは可能だよ。
「キリストは神だったのでしたね?」
復活する約束をしたということは、それは核心的な約束をしたということなのだね。再生は基本的体 (つまり肉体)を文字どうり再構築することではないのだよ。むしろね、それは眠っている状態から目を覚ますということなのだ。復活は君たちにもいますぐ起きることができるよ。君は、墓の中のラザロ (Lazarus) なのだよ。君たちすべてそうなのだよ。そしてね、キリストは、出てくるように、常にドアーをノックしているのだよ。まもなくね、至る所で墓が壊れ落ちてくる。だから、君たちは出て来ざるを得なくなるのだよ。
「キリストは立ち上がったのでしたね?」
たいていの人はね、生まれたらいづれ死ぬのが自然の定めだ。しかしね、キリストはその人生の途中で死ぬことを意図してこの世にうまれ、意図の通りに死んだのだよ。
「復活の過程はどのようだったのでしょうか?」
エネルギー体はね、基本的体がもうその愛着を維持出来なくなったときに、それを離れるのだ。キリストのエネルギー体は光り輝くものだった。しかし、君がいづれそうなるようにまたどの人もそうなるようにね、基本的体を離れたのだよ。君たちの中にいる悪魔がね、キリストは自分たち以上の存在だと騙して信じ込ませたのだね。キリストはこう言ったよ:私は人間の息子である。キリストはあらゆるものである。あらゆるものはキリストである、と。
「古代の神の信仰についてはどうですか? 例えば、Wiccaとかは?」
現代の Wicca は古代の神の信仰ではないよ。それはね、古代の実践の一つを再認識させる新しい教えだね。地球は崇拝する価値があるよ、何故ってね、地球が、君たちが今そうであるようなすべてを与えたんだからね。現代の Wicca は一つの完全無欠な道を提供しているね。
「完全無欠な道を提供しない宗教はどんな宗教なんでしょう?」
廃墟の中にこそダイアモンドがあるんだよ。ダイアモンドは永遠だということを覚えておこうね、アッハハハ。
「しかし、体が再生することに関してはどうなんですか? 体が再び蘇るというのは、我々の宗教の伝統に根深く残っていますが。」
それはね、最後の古代文明の記憶のひとつ、その文明の生き残りの無知なる者達が神話に押しやった記憶のひとつなんだ。単純な人々はその当時の科学について何も分らなくてもよかったんだ。だからね、彼らは体が蘇るのを見た時は、それを奇跡と思ったんだよね。そしてね、死者は生きかえさせらている、と考えたんだよ。でもね、魂の科学はちょっと別の科学なのだ。超自然なものは何一つ無い、あるのは物理学なんだよ。しかし、知性を持つエネルギーとコミュニケーションをとる事に関わる物理学と電子工学は非常に深淵で難解なんだね。そうだからといってもね、君たちは、今そのコミュニケーションは出来ない、ということではないんだよ。初歩的な装置がもう店頭に売られているね。
「どの装置のことですか?」
磁場と電磁プラズマを検出する装置。それを使えばね、生きているエネルギーとして存在するものたちを見つけられよ。彼らはね、非常にはっきりと生きていると分らないだろうが、そこにいるのは間違いないという具合にわかるよ。幼い知性ではあるがね、単純なエネルギーとして存在するものも検出できるね。彼らは至る所にいるんだよ。
「いったんそれらを検出したら、何すればよいのですか?」
その時はね、物理的に意思伝達できるに違いないよ。少し経つとね、それらを検出するのに道具は必要なくなるよ、回りにいるそれらの存在に、いったん波長が合うとね。しかし、君たちにいつまでも知恵を提供してくれると期待してはいけないよ。その世界で待っている死者達の多くはね、持ち物は君たちより遥かに少ないよ。でも、持っているものすべてがそうだ、というのじゃない。中にはね、ものすごく豊富でね、真実の過去や整然たる未来についてレポートできる者達がいるんだ。しかもね、君たちが今殆ど想像も出来ない方法で君たちに話すことが出来るのだよ。
「我々はどんな訓練をすれば、物理的に意思伝達が出来るのでしょうか?」
君と私との議論が進むにつれて、そのような存在者たちと客観的に意思伝達する方法を学ぶに必要なことはすべて与えられるよ。正に、君たちの科学がね、生きているエネルギーを、それらは今君たちと意思伝達を試みているのだけどね、検出し始める為に必要なすべての情報として。
「どうやって?」
例を一つあげるとね、悪く言われている多くのミステリーサークルだよ。それらはね、そのような生きているエネルギー達の二次元の肖像画、それも自己創造、なんだね。彼らはこの水瓶座の時代にあわせて自分たちを紹介しようとしているんだよ。
「ミステリーサークルは捏造ではないと?」
そうだ、捏造ではないよ。
「何故誰もそれを信じないんですかね?」
死者たちがリターンしてくることに直面することはね、水瓶座の時代に変化が起きることに直面するということなのだ。 まだ不完全な魂である人達にとってはね、それは恐怖そのものなんだよ。何故なら彼らは2つのことを恐れているからだね。それは: 1つめは、彼らがその間に成長と発展ができる時間が終わりつつあるという前兆であること。2 つめは、死者の世界を結合することになり、その時は、彼ら不完全な魂である人達は、死者達が見るように見ることになって、たとえ地球が基本的体をサポートできるままであったとしても、変わることが出来なくなる前兆であること。この2つを恐れているのだよ。だから、彼らはね、そんなことは全て嘘だと言い張るのだね。そのような不思議なことを隠そうとする理由は他にもたくさんあるけどね、この2つが最強のものだよ。
「これまでの議論すべてでは、復活をどう取り扱ったことになるのでしょうか?」
人間の復活はね、オシリスから始まりキリストで終わる、あるタイプの存在の観察から発展した神話の一貫したテーマなんだね。この科学に精通した完全な意識の存在者はその光り輝く体を基本的体で現れることが出来るのだよ、エネルギー体の感覚をすべて完璧に写してね。
「あなたの体は光り輝くんですか、いますぐに?」
君は真理しか存在しない場所で事実を探すのだね。あらゆる体は一つの体だよ。
「でもね、あなたはこう言ったと思いましたよ、基本的体とエネルギー体は別々になっていて、エネルギー体は光り輝くようになることができるとね。そうなるのは自己維持するためだろうと私は解釈していました。」
光り輝く体というのはね、エネルギー界で意識を持つ君たちの体の部分なのだ。エネルギー体はね、基本的体のどの細胞にもあってね、当然その細胞の命になっているんだよ。魂に関して、あるいはそれが永遠の命であることに関してであってもね、秘密めいたことは何もないよ。エネルギーは永遠なのだ。だから、エネルギーである君たちの部分は永遠なのだ。君が理解するのは難しかったことはね、エネルギー体の電子の動くスピードが生活の味や人生の記憶を伝えるということだ。電子はそれぞれが全体の異なる部分を伝えるのだよ。一つの基本的体には何兆もの電子がある。そしてね、それらには、ほんの一瞬の人生の詳細な記憶が含まれているんだよ。この理由でね、例えば、脳のある領域を検査しているとき、身体のバッファ記憶装置にあたる部分が麻痺することが起きてね、蓄えられた記憶が化学細胞に溢れることになるんだ。そのとき、検査されていた人はね、過去の出来事をまるでそのときの人生を一瞬再び経験しているかのように、驚く程克明に思い出すことになるんだ。人生で忘れられたものは何一つない、さらに、これまで重ねた全ての人生のどれ一つもないのだよ。死ぬときはね、君たちは生きていたときを詳細にそっくりそのまま映した存在になるのだよ。完璧に自己を知ることに成るよ。耐えられなくて押し込んでいたことが、すべてあらいざらい完璧に自分と他の人たちの前に現れるよ。死んだ者にはプライバシーはないのだ。そして、生きている者は死者たちにはすべて丸見えなんだよ。死者達は君たちのすることは全て見えている。過ちを伝えそして生きている者達の勝利を喜ぶのが、かれら死者達の仕事なのだよ。
「真の宗教とはどのようなものでしようか?」
時間の外からはね、神を知ろうとする人間の努力は、たった一つの形、歴史を通して進化した一つの芸術作品に見えるね。君たちはね、それを3つの段階で造っているよ。第一番めは、否定的に。犠牲の時代(牡羊座の時代)だね。これが、何故旧約聖書がそれほど恐ろしいものになっているのか、の理由だよ。神がアブラハムにイサクを殺さないよう伝える重要な時は、人間のすべての重要な時のうちで最も神聖なものの一つを記録したものなのだね。それが次の時代(魚座の時代)の段階をセットしたからね。第二の時代(魚座の時代)は肯定的に。崇拝の時代だね。これがね、何故新約聖書が憐れみに満ちているのか、の理由だ。第三番目の君たちの今の時代(水瓶座の時代)はね、人間と神は一つになる時なんだよ。自分たちの内に、キリストを、仏陀を、アラーを、クリシュナを見いだすことになる。この時代に、基本的体はね、神の歓喜を映し出す潜在能力をもつようになる地点にまで進化しているのだよ。すでにね、もうそれは起こっているんだよ、君たち自身の子供達の命の中に密かにね。私がここに来ているのは、高い世界からの約束を持ってくるためなのだ: もしも、君たちが自己自身を神に委ねるならば、君たちと地球は救われるだろう。さもなければ、水瓶座のこの時代が終わる前に絶滅することになるだろう。
「あなたは、神を知る為の歴史的努力を芸術作品と評されるんですが、それはどういう意味なのでしょうか?」
君たちはね、生きているときの記憶のタペストリーを編んでいるところなんだよ。これはね、人間の体はね、偉大な、ちらちら光る編み物、生きている衣である、ということなんだ。希望、失敗、恐怖、そしてこれまでの時代で達成したこと、のすべてで一杯になっているのだよ。どれも詳細に、通って来たどの道であれその道に足を踏み入れてどこを目指したのか克明に描かれているんだね、仏陀とかキリストとかあるいは偉大な指導者達の行動ではなくてもだよ。忘れ去られたものは何一つとてない。ただひと呼吸しただけのことも忘れ去られてはいないのだよ。その芸術作品にはね、あらゆる人生がまったく一つも漏らさず完璧に描き出されているのだ。