2015年 08月 03日
HAMLET' S MILL の翻訳(『THE KEY』に関連して)#81 |
翻訳続き#81
ソクラテス前の思想の300年間は、物理学に興味を持たれていたが、それ以上にはならなかった。我々の意味するような実験科学にはまだなっていなかったのである。必要とされたのは、宇宙がそうあるべきかけがえのないものであるために、天体が発する霊液の解釈だった。ストア派の物理学は場の理論を暗示する魅惑的なものだったが、似て非なるものだった。それからは何も得られるものはなかった。何故ならば、それに含まれた太古の宇宙を意味するものは、プラトン学派のそれに劣らず、現代物理学で考えられるどのようなものとも相容れないからである。ストア派の物理学には簡単なロケーション(位置)もない、従って空間を分析することは出来ないのである
古代の世界と我々の世界の間の隔たりは科学自体と同様に広いことは今一度理解しておくべきである。完全さと計算の天才であってもそれに橋を架けることは出来ないだろう。天文地図だけが出来るだろう。ホワイトヘッド(訳註 1861-1947; 英国の数学者・論理学者・哲学者; 1924 年以後米国に住んだ; Principia Mathematica 「数学原理」 (B. Russell と共著) 研究社新英和大辞典第6版)はそれを簡潔に纏めている:『我々の科学は簡単なロケーションに基づいてきたが具体性を置き忘れた。』現代物理学はもともとの言葉の意味を分らなくさせてしまった。
(訳註 この判断は60年代後半頃までの当時の物理学の情報のもとでなされていることに注意。『the original words もともとの言葉』が具体的に書かれていませんので私には判断出来ないし、物理学専攻の方がこの判断が正しいと思われるかどうかも分らない。推測ですが、現実そっちのけで『抽象化』の道をひたすら走っていることを言っているのではないかと思います。素人ですが、位相幾何学の一分野である Knot theory で得られた結果が超弦理論に応用され華々しい結果が得られたということを聞いた記憶があります。ある問題を解決するのにある Method が開発されてうまくいったとき、そのMethod の適用出来る「空間を」抽象的に axiomatic に構成して、その抽象空間で成り立つ結果を追求していること、その結果 Methods のみを探求することになってゆくことを、本書の著者は、現実を忘れた抽象化であるとして批判的に言っているのかもしれません。とにかく、本書は、おおよそ50年前、60年代後半までの文献・情報に基づいて議論されていることをお忘れなく。)
ニュートンにとっては、物理学は証明するのに威力を発揮するものだった:『理性的な理解力を授かった人なら、物は存在しない所で行動するなどと信じはしないものだ。』ニュートン自身は、数学的には間違いはないが物理的には説明出来ない重力理論を述べることによって初めて、これはどういうことか、と疑問におもったのである。彼はそれを認めるだけだった:『私はそれは分らない、だから私は「なにも仮定しているものはない」というふりをしよう。』その答えはただアインシュタインによってのみもたらされた。それは要するに純粋に数学的に合理化したということである。それは簡単なロケーションや具体性を共に排除したものだった。デカルト(訳註 フランスの哲学者。近世哲学の祖、解析幾何学の創始者。「明晰判明」を真理の基準とする。あらゆる知識の絶対確実な基礎を求めて一切を方法的に疑った後、疑いえぬ確実な真理として「考える自己(我思う故に我あり)」を見出し、そこから神の存在を基礎づけ、外界の存在を証明し、「思惟する精神」と「延長ある物体」とを相互に独立な実体とする物心二元論の哲学体系を樹立。 広辞苑第六版)の構築物は廃墟になった。にもかかわらず、文明人の心に、このニュートンやデカルトの原理は「常識だろう」としてどうすることも出来ない程にくっついたのである。それは「習慣は第二の習性」になるというモデルケースである。実験科学の誕生が変化にあたって決定的な要素になったのである。
by bbex243054
| 2015-08-03 10:11
| 科学
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