『The Super Natural』A new vision of the unexplained の翻訳 |
宗教はそれが人生の闘争のプロセスを認める様々な方法では悪くはないが、それの宗教上の見解は主観的であって、超自然界を超自然のような自然界に変えることから生まれる客観的な見解ではない。そうするのが今や可能であるから、我々に他の世界のこうした知識を提供しながら、他の世界の知識を隠してきたヴェールとしても役立ってきたところの神話学上の文脈全体―物語の全て―から踏み出す時なのである。
我々はあらゆる神や亡霊、デーモンやエイリアン、そしてそれらに付随する全ての物語、英雄とその遍歴や復活、そしてこういった他の世界と我々の関係を客観的に再び思い描くこと、これらを捨て去る必要がある。そうすれば我々は、行ったり来たりの循環運動が起きていること、魂が体から出たり入ったりする動きがあること、時間の中と外で生きていることを十分よく理解できよう。時間の中に下ろされている我々のような者が、何故自分達はそんな状態になったのか、を客観的に理解できる時、その理解を今よりももっと広く有益に役立てることができる。このことは、我々が、自分は何者で何故ここに来たのか、を思い出すことになることを意味するだろう、かくして我々は古代からの疑問に対する客観的な答えを我々の歴史上最初に発見することになる。